折り返しの柏駅でホームに差し込んでくる光は、真夏の光だった。千葉への寝過ごしを繰り返して家に着いたのは午前9時。ふらふらと部屋に入ると、卓也となかじょーが寝ていて、シャワーを浴びて眠る。晴天のせいで昼過ぎには起きて、みんなで冷たいうどん。
窓の外の暴力的なまでの日差しに目を細めながらエアコンがガンガンに効いた部屋でだらだらしていたけれど、やっぱり窓の外は夏なのであり、夏といえば屋外なのであり、短パンはいて近所の東大に散歩。木陰でサイダーとアイスと、とりとめのない話。東大の本郷校舎に夜も昼も毎週のように行っているのだけれど、古くてモダンな建物の感じも、大きい木ばかりがたくさんあるところもとても気に入っている。三四郎池も、安田講堂も、早咲きの桜が咲く芝生もすごく好きだ。
夜は彼がDJのはしごだったけれど、どちらの箱にも行かなかった。少し面倒だったし、ナウシカを一気に読み返していたため。

チームの企画会議を通して課長を通して、部長に提出した案件と見積もり。頭ごなしにつき返されて10分叱責で、「子供の使いかよ」っていう捨て台詞までもらってボロクソな気分。しかも今日は、本社への膨大な資料の提出日・・・だけど、夜は友達と集まる日。とにかく早く残業を切り上げたい一心で仕事をする。
大学の頃から毎年欠かさず行っている靖国神社のみたままつりは21時までで、もうどう考えても間に合わなくてとりあえずタクシー。着いたら意外にもなかなか終わらなくて、みんなもようやく集まり始めたところだった。


結局10人以上集まって、なんだかわいわい。大学の仲間の中に初めてじんちゃんを連れて行ったのだけど、当たり前のように馴染んでいてなんだかよかった。むしろ盛り上がって、8月一緒に海に行こうって話になってた。毎日それなりにだるいこともあるけれど、人と集まって話したり笑ったり、違う世界の話を聞くことで私は本当に助かってる。
気づいたら終電はなくなってて、残った何人かで母校の前のお堀端で飲みなおす。マリエも呼んで、本当に適当なメンバー。マリエなんて、この3月にイベントで仲良くなった苗字も知らない子なのにもう10回くらい一緒に遊んでるし、大学からの私の知り合いの中で普通にビール飲んでて、意味わかんないけどそういうの素敵な気がする。自分がニュートラルに在れば、道を歩いているどんな人とでもきっと友達になれるし、世界はまだまだ広げられるなぁと思う。
でも、そのように「街は街という背景セット」ではなく「他人は他人という、人格を持たない役柄」ではなく、脈打っていて自分に関わり続けていると考え始めてしまうのは恐ろしいことでもある。切れば血の出る身体なのに、みんな臓物が入っていないような顔で生きていることを意識し始めると、あたまがパンクする。それでもやっぱり、背景としての街や人間関係ではなく、雑多で感情を持って動いているうねりの中で自由に動きだす喜びはとても大きい。
2時にじんちゃんとマリエと抜けて、タクシーでeleven。みんな泥酔しててよく笑ったし、随分懐かしい人にも偶然会えた。財布を落として軽く落ち込んだけれど、中身が抜かれただけで一応手元に戻ってきたし楽しかったからまぁいいや。

結構飲んだけど二日酔いもないし、天気よいし、すてき。spangle call lilli lineの新曲、きゅんきゅんする。4月から宮古島で暮らすゆーこと最後のカウントダウンデート、江ノ島へ。
江ノ島でビール、江ノ電で海を眺めて、鎌倉で八幡宮お参りしてお茶飲んで帰る。
意外に寒かったけど、久しぶりに海見ながらぼんやりできてすごいよかった。それにしても友達が離れていくのは寂しい。


夜、鏡の前で。金曜の夜からつけっぱなしにしていた馬鹿でかいピアスをはずそうとする自分のゆびに、ああ長かったこの週末が終わるんだなぁって思った。

久しぶりに8時間寝たら、起き抜けに白飯3杯食べれた。
とはいえ身体の節々が痛くて、犬とひたすらごろごろしてたら日が暮れた。背中とお尻が痛い。ミッチーたちと高円寺で飲み。話がくだらなすぎて運動かっていうくらいよく笑う。

4月からの姉家族の沖縄引越しのため、姉宅に犬を預かりに行く。甥姪と遊んで公園に行った。
正直二日酔いで死ぬかと思った。
終電でオルガンバーへ。

2年前の夏に縁のあった人と、恋人がまさかの同時出演@いつものクラブ。酔っ払わないと正直きついかもなっていう気分だったのでearでテキーラテキーラ飲んでから向かったらば、まさかの泥酔で死にたいくらい恥ずかしい行動をとる。
思い出は綺麗なままにしておくのが一番だ。

たまきの誕生日だったので、ガム好きのたまきのために3個買って行ってあげた。

朝早めにしごと来て、リスケと立て直しと指示の準備。サラリーマンだなぁって思う。
疲れちゃったので、帰りbaobabでちょっと飲んで帰る。

みんな、どうしてしまったんだ、そんなにすごくならなくてもいいじゃないか、と思う。
今日見たものの事を考えたり、しゃべったりしながら、普通に友達とか家族とかと過ごそう。
仕事はそこそこできて、失敗もして、たまには達成もして、それを自分の小さな誇りにしよう。
見たくないものやしたくないことのために使う時間を減らそう。
ただ漫然と生きているだけの時間を減らそう。
でもしゃかりきに何ものかになろうとしたり、自分から発信したりなんかしなくていい、そんな疲れることはやめよう。
ペースを落として、ひとつひとつの行動を寝る前にふり返ろう。
一日健康でいられたことに、平和に、家族が生きていたことに、普通に感謝しよう。


小さな花のような細々としたくらだない幸せ、そういうものでほんとうの人生というものはできている。
進学とか恋愛とか結婚とか葬式とか、そういった大きなことだけでできているわけではない。
小さなことが毎日毎日おぼえられないほど、数えきれないほどあって、その中で小さな幸せの粒つぶを感じて、それを呼吸して魂は生きているのだと思う。